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【セミナー】スピリチュアルな探求における『混乱とジレンマ』の原因

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地球人のためのスピリチュアルレッスン主催
オープンクラスに講師として参加させていただきます。
みなさま奮ってご参加下さい。

テーマ:「スピリチュアルな探求における『混乱とジレンマ』の原因」

概要:恐れ、苦しみの原因は何か
   何が妨げとなって真の変化に進めないのか
   情報や概念が変化に直結しないのはなぜか
   「概念・知識」を得ることから「謙虚さ・無知」という姿勢へ
   感情のコントロール、呼吸のコントロール
   他
日時:2019年1月20日(日)13:30〜16:30

場所:かつしかシンフォニーヒルズ 別館
受講費:5000円
詳細・お申し込み:こちらのリンクからご覧いただけます。

智慧を学んだ人は迷わない

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緊張や怒りをコントロールすることはむずかしい。

そう思い込んできませんでしたか?

なら、

智慧を学んで下さい。

智慧を学ぶことは生きるために必要なことです。



その重要さを教えてもらわず私たちは大人になってしまいました。

大人になって困って迷って生きています。

だから学んで生きていきましょう。  

心を整えることは「むずかしい」のではなく、

自分は心のことを「知らないだけだった」ことが

学ぶとわかります。




学ぶということは、

迷いの原因から目を覚ますことができることなのです。

それが智慧を学んだ人が得る力です。


あなたは、何に影響されて自分の調子を崩すのでしょうか?

あなたが何に影響されていつも心が揺れ動くのか。

そのおおもとの原因を知っていますか?

それを知らずして揺れ動く心も身体も、怒りも

緊張もどうにかする事はできません。

だから食べて飲んで、

仕事を必要以上やって麻痺させて誤魔化すのです。

しかしその方法は心をよけいに弱くするだけなのです。  




自分を知るために本当に必要な知識だけをつかみましょう。

四方八方に手を広げないこと。

バランスという本当の意味を知りましょう。

そして、それらをコントロールしながら

本当の意味での「本当の自分」で生きる知識と技術を身につけましょう。


オドオド、ビクビク、ドキドキ、ソワソワ、イライラ、ムカムカ!

こんな気持ちに怯えて、

どうにかこうにか毎日を生きる次元を脱して、

自分本来の力と能力を発揮して生きたい、

だからそのための学びをしたい、

ヨーガはそんな真摯な心を歓迎します。  



「自分らしく」

それはあなた独自の持って生まれたもので生きること。

私たちはそれ以外の何者にもなれません。

なろうとするので無理がたたるのです。

では一体それは何なのか?

そのことに気づいて力を取り戻して下さい。  

「自分らしく」この意味を智慧から学んで下さい。

すると、

問題の根源である悪い記憶や癖が解放され、

より良い方向へ変化していく手応えを実感できるでしょう。

Mさんのおひとり様のyoga

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始めたころを振り返り日記などを読むと、

悩んでいる方向が他をむいていたり

過去に向いてたりしていたことに驚きました。

この数ヶ月で学んだことの深さに改めて気づかされました。




個人指導で学んだyogaコースも残すところあと一回。

最初の頃の私を思い出しながら

現在の私が感じていることを書きとめようと思います。




最初にJuna先生とのカウンセリングで、

講座を受講する目的と実現したいことをしっかり決めました。

私は、「視野を広げ心を鍛えヨーガを日々実践したい」と書きました。




書いた時の気持ちを今思い返してみると、

ただただ藁をもつかむ気持ちだったと思います。

言葉にできない。

でも心にある捉えられない不快感。

身体に起こってくる痛み。

過去に起こったことが今でも現実のように思い出す。

それに支配される心・・。

仕事や日常の中でも何かが停滞している感じがしていました。



2018年の1月から毎月一回のペースで先生から指導していただき、

今は11月になりました。

先生と一対一のヨーガレッスン。

アーサナを通して身体に意識を向けます。

身体のどの部分を意識したらいいのか、

どのタイミングで息を吸ったらいいのか、

息のはき方など細かく指導していただきます。

毎回レッスンの後は、

心に静寂と感謝の気持ちで満たされました。

アーサナはポーズを決めたり頑張るものではなく、

自分との対話なんだと気づきました。






身体に意識をむけることで身体も答えてくれる・・。
静かなアーサナで呼吸することが、
心や身体に安心感を与えることに気づきました。  






講義ではヨーガ哲学や心と身体の仕組みについて学んでいきます。

誰かに対してイライラしたり不安になったりすること。

それが心や身体でどのように起きているのか知ることができました。



「知っている」と「理解している」に違いがあるように、

自分に起こっていることをドリルにして

学んだことを日常で実践してみるのは面白いと思いました。




最近ふと感じたことがあります。

いつもだったら怒りの感情がでたらそれをどうにかしたくて、

怒ったり違うことをして紛らわしていました。



それが、「怒りがある」。

一瞬のうちに冷静になった私がいました。

一年前の私だったらその怒りに支配されていたでしょう。




人は生きているからこそ、

喜怒哀楽のいろいろな感情を感じることができます。

苦しいからこそ見える光と強さ、思いやり、

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おかげさまで弘前で来年開講のセルフケアヨーガ養成講座募集は

定員割れで終了いたしました。

ご検討いただいた皆様へお礼申し上げます。

一瞬で予約枠が埋まったと言っても過言ではありません。

それは「暗闇だからこそ見えてくる自分の光」

この事実に皆様が気づき始めていらっしゃるからです。

それが確かであることは、ヨーガの実践を通してさらに実証されていくでしょう。




 「一番苦しい時こそヨーガに向き合えるように」。

この体力が身につくようにヨーガをお教えしております。

この体力は生涯あなたに真の自信を与えてくれます。

楽な時に娯楽のようにヨーガを行っても、

ヨーガが持つ自分を変えていく効力は体験できません。

「悩んでいる時こそ不調な時こそヨーガに来なさい」。

そのようにお教えしております。


本当のヨーガを知れば人に伝えたくなるのは人間として自然なことです。

こんなに素晴らしいものを自分一人で抱え込んでいられなくなるのです。

良いものを伝える人は必要とされる人間になります。

ぜひ皆様がそう在って下さい。


セルフケアヨーガ養成講座は、

心の解剖学で知った心のメカニズムを

日常でどのように管理して成功の道を歩むかその方法をお教えします。

人生は成功するように構成されています。

ただし!

それには心と身体を上手く運転(コントロール)しなければなりません。

その知識と技術がヨーガなのです。

心の解剖学とセルフケアヨーガ養成講座を通してお教えしております。



 ヨーガ。

この宇宙由来の全人的な健康法をに残していけたら幸いに思います。

人を変えようとするより自分の心を観ることがどれだけ重要なことか

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なぜ自分は怒っているのか?その理由を知って怒っているでしょうか。

「あの人が私を怒らせるような事をするから」

果たして本当にそうですか? 


心の仕組みを理解していないと怒りを止めることは不可能です。

なぜ怒っているのか、なぜ人に変わって欲しいと望むのか。

その緊張はどこから来るのか?!

自分の心が見えていますか? 


見えていなかったから心に振り回されてきたのです。

ふと浮かんでくる思考や感情がどのようなメカニズムで生まれ、

どのように身体に現れ、

あなたが止められないと思うほどに突き動かすのか?

そんな自動的な働きが人間にはあるのです。

この働きが何かを知らないと私たちはそれに突き動かされる人生になります。

これが生きづらさの理由です。

心の解剖学はここまで掘り下げて解説しています。 


講座は全6回。

1日で終わらない理由は学んでいただくとわかります。

そして初回の受講は自己解釈です。

再受講をお薦めしております。 

さて、

来年1月から青森県弘前市で新規開講が決定いたしました。

しかし弘前で開催させて頂くのは次が最後になります。

これをチャンスと捉えて下さった方に出会えることを楽しみにしています。 

心の解剖学講座概要

気づいてもらえるのを待っていた骨盤

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セルフケアヨーガ受講も半ば過ぎての体験でした。

講座の中でいつも通りに立ってみた私のポーズから、

骨盤の硬さが姿勢を悪くしていたことがわかりました。


畠山先生が私のポーズを見てくれた時、




「やろうと思った事先延ばしになってしまったり、 なかなか決断ができなかったりしないですか?」 








指摘されたお言葉にズバリと当てはまり!

驚きましたが自覚していました。 

身を任せて畠山先生に呼吸法や身体を整えるための誘導をして頂きました。

すると矯正される前は丸みのなかった私の扁平なお尻が、

矯正された後丸みが出現していました。










上半身もドシッとした重い感覚が普段からあったのですが、

矯正された後は立っていることが楽でした。

そして矯正前に比べて気持ちが楽になった感覚もありました。 




帰宅してから漠然と何かに納得している私がいて、

何に納得し気持ちが楽になっているのか振り返ってみると

過去に思い当たることがありました。 




私は娘を19歳で出産したのですがその時難産でした。

自然分娩で娘も無事でしたがお産経過としては微弱陣痛で、

赤ちゃんが分娩時にうまく回りながら出てこられない状態の回旋異常となり、

助産師さん2人がかりでお腹を押されてやっと生まれてきてくれました。


出産後私は恥骨解離になり二週間歩けず、

ベッド上で寝返りもままならず母乳だけを飲みに来る娘を愛おしく思うと共に

こんな姿にある自分を情けなく感じていた初産でした。



その時の難産原因の1つが扁平仙骨で丸みがある所が平になっていると

レントゲン写真を見せられながら説明された記憶があります。

解剖学的に説明されてもその時の私には意味を理解できませんでした。 

「え~?! 私、仙骨の形が他の人と違うの?!扁平仙?!それ治らないの?!」

医者からは元からのそういう骨格だからどうにもならない事だと言われました。 









そうなんだ・・・治しようがないなら仕方ないかと思い諦めました。

と同時に、

もし次に妊娠出産するとなればまた難産になってしまうのだろうか、、、怖!!

どうしようという不安が出てきました。

2人目の妊娠をした後やっぱり不安になりました。

体重管理を徹底して上の子より小さかったおかげか2人目は安産でしたが、

不安と恐怖がつきまとうあの気持ちは今でも覚えています。 





畠山先生に姿勢1つで見抜かれた身体は医学的に説明されてい…

骨盤はあなたの愛のカタチ

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なんだか気持ちが落ち着かない

気持ちはあるけどカラダがついてこない

時間に追われているような感じ

いつも何かをやっていないと落ち着かない


このような状態を「地に足がつかない」と言います。

「今この瞬間にいない」と言った方が今の時代はピンとくるでしょうか。



一見何の心配もなさそうに他人は見えます。

目の前の人も街行く人々も。

でも「心の中は不安でいっぱいなんだろうな」と思う時があります。



なぜわかるの?

心とカラダはつながっていますよね。

ならば姿勢もカラダの一部だと思いませんか?

姿勢は心の状態を物語っているからです。




さて前置きが長くなりました。

今日のブログテーマは心と姿勢カラダのつながりです。

姿勢と心・考え方・意識はつながっているんだよ!

ということを書いていこうと思います。




子供のころ祖母が私にこんなことを言いました。

「桂子ちゃん(私)が産まれた時お医者さんがねぇ

この子の脚は大人になったらモデルさんみたいな綺麗な脚になるよ」

そう言ったと自慢気に教えてくれました。



当時の私は心の中で「なんで大人になった時のことがわかるの?」。

それに子供の頃の私は自分のカラダに自信がなかったので

気持ち良く受け入れていませんでした。

でもその祖母の話は私の中にずっとついてくることになります。

そう今でも。

カラダから人生を見るスタートになったのです。




その言葉をふと思い出すたび気づかされてきました。

カラダは未来を物語っている!

幸せに向かっていくカラダ。

その反対に向かっていくカラダがあること。

カラダは人生を映す鏡なんだ!




先週末は弘前でセルフケアヨーガ養成講座4回目でした。

その日の実技は朝のヨーガ「太陽礼拝」の予定でした。

しかし自分の五感があることに反応します。

皆さんのカラダの声です。

マットを敷く時のカラダの声。

マットから立つ時のカラダの声。

言われたことに対してのカラダの反応。

それらの音がど〜も鈍い。

モア〜んとした気が部屋の中に漂うのです。

説明しながらもその不協和音をずっと感じていたのですが、

真っ直ぐ立つポーズ「ターダアーサナ」を教えている時

このまま先に進めるよりも、

この人たちに今もっと必要でこの先のためにも大事なことがある。


まずは基本からいかないと方法だけ与えても絶対に使いこなせない。


だから変わっていかない。


結局学んでいただいても同じところをグルグル…

セルフケアヨーガ養成講座のご感想③

【いつもご機嫌な自分でいるために〜感情の性質を観察して必要なものを選ぶ力】

第3回セルフケアヨーガ養成講座のまとめです。

ストレス対処法が本当に功を奏するのは、

その時の心の乱れ方に見合った方法を選べた時。






そのためにまず、

自分の心がどのように乱れているのかを観察します。

ヴァータ、ピッタ、カパの3つのエネルギー(ドーシャ)のうち、

何が乱れて(過剰になって)今の感情を経験しているのか?

不安に襲われているとき、

怒りに駆られているとき、

無性に不足感を感じる時、、、

それぞれ過剰になっているエネルギーは異なります。




負の感情に浸るのではなくその状態を観察する自分を育てる。


自分を観察すればするほど自分に気づけるようになっていきます。 





ストレス対処法の効用もドーシャの観点から知っておく必要があります。

旅行に行く、お酒を飲む、ドライブする、、、

どれも好まれる余暇の過ごし方ですが、

それぞれの活動自体にもエネルギーの質があるので、

今の自分の状態にあっているもの、

つまり過剰になったドーシャを鎮める働きをもつ活動を選ぶ、ということです。




ヨーガのアーサナも同じです。

ドーシャの観点から見た効用でもって、

過剰になっているものを鎮めるポーズを選んでいくことで、

心の安定をアーサナから得ることができるようになります。 

講座の冒頭に皆で実践した「足を壁に上げるポーズ」(ヴィパリータカラニ)。

前日までバタバタと忙しくしていた頭が落ち着き、

程よくリラックした気分でその後の講座を受けることができました。




乱れても大丈夫。 

そう思える力を持つことが心の強さなのかもしれませんね。



セルフケアヨーガ養成講座のご感想②

セルフケアヨーガ養成講座のご感想③

セルフケアヨーガ養成講座詳細のページ

セルフケアヨーガ養成講座のご感想②

【第2回セルフケアヨーガ養成講座 報告】

ヨーガの基礎的な理論を学び、日常生活にそれを活かし、

自分で自分を整える力をつけるためのこの講座。



第2回のテーマは、

「本当の自分を生きるための智慧」 




何をもって本当の自分とするのか?

様々な考え方があると思いますが、

 職業や趣味、所有しているもの、興味のあることなど、

一般的に私たちが自分を説明するために持ち出す事柄は、

ヨーガの世界では自分を説明するには的確ではないそうです。



では、

何が本当の自分の姿なのか?

アーユルヴェーダでは、

心と身体の状態を3つの生命エネルギーの質(トリドーシャ)であらわします。

この視点で自分を捉えることが、

本当の自分を知っていくことの第1歩になるということで、

今回はトリドーシャのそれぞれの特徴をおさえ、

バランスの崩れたエネルギー状態を整える方法を学んでいきました。



いくつかのチェックリストを使いながら、

他者や自分のドーシャの状態を確認していきます。

皮膚の状態や毛髪の質、顔つき、話し方といった項目で構成されており、

改めてその人をまじまじと見たり、

普段の様子を思い浮かべたりしながらの作業でした。





一緒に過ごした時間は少なくないはずなのに、

自分自身のことなのに改めて問われるとわからないことも多く、

普段、人を見るときに、

身体の外側にある職業その他諸々の社会的な部分にのみ、

いかに目がいっているかを感じました。

社会的な自分とは別の自分。

社会の身体とは別の身体。

それがあるということ。




ちまたでよく言う

「自分をリセットする」「楽な自分で生きる」とは 、

社会の身体とは別の自分の身体を知り、 

そこに戻していくことなのだと思いました。 





人間は常に周りからの影響を受けているのでエネルギーも乱れます。

また、社会的な役割を果たすときには、

自分の本質とは違うエネルギーを纏うことも必要となります。

大切なのは、

変化を避けるのではなく変化しても元に戻れる力をつけること。 




対象や環境に合わせてエネルギーを変化させながら過ごした1日の最後に、

それらを元の状態に整える。

1日の始まりを整った状態から始める。

朝晩のヨーガをこの意識でやっていくことで、

自分のエネルギーの状態への感受性が高まり、

乱れたものへの反応も早くできるようになるのだろうと思いました。



セルフケアヨーガ養成講座のご感想①

セルフケア…

セルフケアヨーガ養成講座のご感想①

【第1回セルフケアヨーガ養成講座 報告】

ヨーガによっておこる頭、身体、心の変化を機能学的に学び、

ヨーガを使ったセルフケア能力の獲得を目指すこの講座。

健康とはいったいどういう状態なのだろう?

身体が本来持っている自己調整力を働かせるために何が必要なのか…。

答えは、

「意識化」でした。



ただ、

意識化は知識として学んでも身につくものではないため、

後半は意識化の能力を高めていくためのツールとしてのヨーガを

解説付きで実践する時間でした。

手を動かさずに肩甲骨を動かす。

この動きはいつもの習慣的な動作が全く通じないので、

使うのは意識。

ペアになった相手に肩甲骨に

手を置いてもらいながらこの動作をするのですが、

相手の手の動きを通して

肩甲骨を動かしている自分の意識を感じ直すことができ、

本来目に見えないはずのものを触覚を通して確認する時間でした。

逆も然り。

相手の肩甲骨に置いた自分の手の動きを見つめることで、

相手の意識の動きを見せられているわけです。



こうして意識というものを、

まずは目に見える肌で感じられるものにして脳と身体と心に覚えさせていく。

そうして徐々に意識化の回路が作られていくのだろうと考えました。

皆さんがよくおっしゃる「ヨーガを始めると楽になる」という言葉。

これも意識化の始まりを表す言葉なのでしょう。




セルフケアヨーガ養成講座のご感想②

セルフケアヨーガ養成講座のご感想③

セルフケアヨーガ養成講座のページ

ヨーガとダイエット、失敗も成功もおなじ理由

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ヨーガに迷子になっている方がたどり着くヨーガ教室があります。

私の教室です。

実は誰にも相談できなかったけれど、

悩みながらヨーガをやり続けてきた。

「ポーズはできるけど果たしてこれでいいのかな?」

そんなヨーガ歴10年20年(?!)の方とお会いすることもあります。

もちろんヨーガを教えながら悩んでいる方もいらっしゃいます。

これは恥ずかしいことではありません。

問題なのはこの悩みを放っておくことです。

一緒に考えていきましょう。

このような場合どうしたら良いのでしょうか?




・今の自分に見合う目標を立てる。

当たり前じゃない?!と思いますよね。

しかしこの当たり前がなかなか出来ない。

自分の考えが混入してしまうからです。

自分のなりたいというイメージと今の自分に見合う目標設定をとり間違えないこと。

なりたいイメージは持ち続けていて下さい。

そのためにはそのイメージに徐々に近づけていくことが必要なのです。

そのプロセスを経ることをしないで(ここが多くの人にとって面倒なところ)、

今の自分からいきなりなりたい自分のイメージになろうとする。

これはもちろんできません。

これを「やっても効果がない」と勘違いしていると、

何をやってもこの時点でつまづいてしまいます。






・その目標に焦点を当ててそれが叶うための方法をとる。


例えば、

ダイエットを始めたが途中で挫折した。

リバウンドしたという逆効果になってしまったのと同じように、

闇雲にポーズをやってバランスの悪い身体(もちろん心も)になった。

姿勢が悪いままポーズをやり続けてきたので悪い姿勢が記憶されてしまった。

ヨーガの場合こうした逆効果が身体にも心にも現れます。

もちろん自分ではなかなか気づけません。

でも大丈夫。

気づく方法が1つありますよ。

深い呼吸と正しい姿勢が身についていますか?



あっちのヨーガこっちのクラス。

それはお気軽な感じで良いのです。

それが悪いと言っているのではないので誤解しないで下さいね。

ヨーガは食べ歩きのようなやり方をしても上手くいかないことをお伝えしたいのです。

楽しければ良いじゃないという考えもわかります。

しかしヨーガに何を求めているかです。

あなたがご自身の心の問題や精神的健康のことをお考えなら、

ヨーガで楽しむことと自分を成長させるためのレッスンを

間違えないで選んで下さいね。

外で楽しくやるヨーガ…

ヨーガ、50歳からの私のために

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50歳以上の方が安心して行けるヨーガ教室を探している方、

意外と多いのではないかと思います。

変化していく身体と向き合うこと、

生き方をシフトしていくこと、

そんなことに取り組めるヨーガ教室があればいいな。

一緒に考えていける場所があればいいな。

教室に来てくださる方々のお話を聞いているとそんな風に感じます。




50代はいろいろなことが試される年代です。

実年齢より若く見えるか老けて見えるか?

自分の人生に満足しているか後悔しているか?

自分はこれから!と思っているかもう終わりと思っているか?

これらの考えが外見に如実にあらわれてくる年代です。



そして、

若さを取り戻すとか若い子には負けないと争わなくても良い年です。

良い加減で良い意味で力を抜くことをおぼえていきます。

しかしそれは諦めではないないのです。





50代からは「必死に頑張る」から、

楽に、楽しく、しなやかに、力を抜いて。

そんな生き方へひとかわ脱皮していく時です。




そんな年代の私たちは、

これまでよりももっとポーズで身体と向き合うことをしましょう。

姿勢が正しくないままポーズをやってきたかもしれません。

ここでもう1度自分の姿勢と呼吸からポーズを見直していきましょう。

若い頃の悪い姿勢と呼吸の代償が回ってくる年代だからです。




すべてのポーズの中で力を抜くことを学び、

日常生活の中でも肩や首に緊張が入らないことを身につけていきます。

そうすると血液がスムーズに流れるようになって、

身体の調子も良く気持ちも明るくいられます。

リラックスできる人の方がストレスをはね返す力があるのです。



実際にヨーガで姿勢の歪みをなおし血流を促すと、

これまであった不調が消え去って開放感の喜びを体験できます。

私はそうした喜びの笑顔を何人も見てきました。

クスリも使わず身体の苦痛がヨーガをやると消えるなんて?!

お医者様が聞いたら信じられないと思います。

でも目の前でそうしたことが起こるのを実際にこの目で見ていると、

人間の身体は落ち着いた心と正しい呼吸さえあれば

本来は楽に生きていけるはずなのかもしれないと思います。




そして身体が楽になってくるともちろん心も変わってきます。

心の歪みが治ると今度は自分の中から愛情や思いやりが湧いてきて、

何がなくても幸せな感覚を実感できるのです。

そうした境地になって涙を流す人を私は何人も見…

心の仕組みを学んで起こす自分革命!

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心の解剖学で心の仕組みを知って、

今まで知らなかった自分と出会った体験をされた方々がいます。

実は心を学んで知ることは、

生き方革命を起こすことにつながるのです。

なぜでしょう? それは

自分の心のハンドルが見えてくるから。つまり

自分が今どっちの方向に(苦しい方なのか楽な方なのか)、

ハンドルを切っているかハッキリ見えてくるからです。




目標があってもハンドルさばきが上手でないと、

目標意識という方向はズレていきます。

するといつも横から不法侵入されませんか?

「どうせ私は無理」という頭の声です。

 心をコントロールするということはいわば、

自分で自分のコーチングをすることです。

コーチはチーム全体が誰と誰によって構成されているか全体を把握して、

彼らの持ち前の才能に合わせて指令を出す能力が必要です。

心のチーム構成は4名です。

彼らがどう動くのかを知ることにより、

あなたは自分の心の名コーチになることができます。

素晴らしいコーチがいて且つ目標がしっかり設定されているチームなら、

あとはコーチの指示に従ってチームワークで動くのみです。


心のチームワークを取れるようになると、

目の前の事態にも持ち前の資質を活かして対処できるようになります。

例えばこんなお声をいただきました。



・急激な事態にも混乱ではなく対処できるようになった方々 

「連休が明けて仕事に戻ると急変していよいよ死期を目前に控えた患者さまが待っていました。心の働きを学べていなかったら、心と上手に付き合えずに混乱していたかもしれない、このタイミングで心の働きを知れたことは成長のチャンスかもしれない…という気づきがありました」

「祖父の急な逝去に接し、本来の私なら気が動転して何もできなくなるけど、まず自分を取り戻す大事さを思い出して壁に背をつけて直立して呼吸してみました。すると物事を受け入れる自分になっていくのが不思議でした」



突如訪れる予期不安に対して冷静に見れるようになった方

 「これは「恐怖」なのではなく「状態」なのだと気づけた。このタイミングで心の解剖学を学んでおいて良かった」


この他にも、

他人がどう思うか気になるたちだったのが、

あまり気にならなくなったというお声もあがっています。

これは学んだ方ほぼ全員に共通して起こることかもしれません。


さて、

最後に質問です。「目的地に向かって運転中、よそ…

心の解剖学を学んだ方のための次のステップ

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心の解剖学を学んで心を見るようになったら苦しくなった方へ。

二村ヒトシさんの著書からお悩みを解決していきましょう。

心を見て苦しくなった時に読みたいことが書かれています。

本から抜粋させていただいたところは青色に色分けしました。








心の解剖学は身体の仕組みを知っていくように、

心の仕組みを解体していきます。

すると、

つかみどころのない心がだんだんと手に取る存在になってきます。

心が見えてくると、

「あぁそういうことだったのか〜」と楽になる人と

「なんで私はこうなの」と苦しくなってしまう人がいます。

たいていはその両方を行ったり来たりします。




もしかしたら、それほど楽しいことではないかもしれません。

この本でも言っているように、

心を「見ること」はキラキラしたことばかりではないでしょう。

心には喜びもあれば悲しみもあります。

喜びの心だけの心はないからです。

怒りも不安もあります。




愛するということは「欲しがること」ではなくて、

自分や相手の心の穴を「見ること」です。

自分の心が見えてくるようになると

他者に対する自分の態度も見えてきます。

これまでは無意識で行っていましたが、

「見る」とういことは無意識ゾーンを照らすことなので

潜在化されているはずなのに自分の原動力になっている

パワフルな心が見えてきます。

そしてその心がなぜ苦しいかというと、

それこそが自分を苦しめていた心の正体だからです。

オバケを見て楽しいはずがないのと同じように、

苦しいものを見ればやはり同じ感情になります。

ですからこの事にあまり悩みすぎると、

見て苦しくなるのをやめる事が目的になってしまいます。

私たちは本来は「見る者」の立場ですから、

見たものの色に染まる者ではありません。

見たものの色に染まることは本来の目的ではありません。

目的は記憶の働きから解脱することです。

自分の本来の立場から外れないように、

目的を間違えないように意識していきましょう。




「見る」とは、正しいか正しくないか、よいか悪いかの判断をせずに、

おたがいの心の穴を認めて、受容することです。


良いか悪いか、

好きか嫌いかの判断をしているのは自分だと思っていました。

だから「なんでこんな酷いことを思ってしまうのだろう」と、

自分の思考に気づいて罪悪感になっていたと思います。

しかし心の解剖学を学ぶとこの罪悪感から解放されることになります。

それは私自身が判断決定してい…

つながり、親と子のヨーガ

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親が子供に対してきたことは親もその親にされてきた。

そんな話を聞いたことがありませんか?

親によって自分が苦しめられたことは、

親もその苦しみを親によってされてきたと。

もしこの「つながり」が本当なら、

この誤ったつながり(ヨーガ)を断ち切って

本来のつながりに取り戻したいと思いませんか?





子供の意識は他者の動機を理解するまでには向上していません。

ですから親から言われる要望の意図が理解できないのです。

言われている内容はわかります。

しかし「早く、やりなさい!」といった

二重の要求は理解できないのです。

大人になると「早く」や「もっと」という言葉に、

自分の感情を含めることがあります。

子供は感情をぶつけられているのか、

それともする必要がある行動を求められているのか。

どっちなのかわからなくて、

適切な反応ができず混乱するのです。










幼い子供は親の希望通りに動けなくて劣等感を抱きます。

自分がしてしまったことで親を悲しませたことに、

子供なりに罪悪感を抱くのです。

親の要求に応えらなかったこを否定されたりすると、

子供なりに傷ついて親に腹をたてることもします。

このように子供心にも様々な感情を抱いているのです。

これは大変に疲れます。

眠りが浅い子供が多いと聞きますが、

心は疲弊すると逆に眠りは浅くなるのです。

そうした心と身体の基本的なつながりを知らない大人は、

子供に向かってただ「早く、寝なさい!」と叱ります。




家族の中で交わされる親と子の人間関係のストレスを、

そのままにしておいて良いわけはありません。

社会は不健全になります。



子供の頃の感情は繰り返すと記憶され、

人格形成の基盤になります。

仕事や人間関係のストレスを大人が解消するように、

子供が抱えるストレスもきちんと解消することができれば、

家を出た外での行動も健康的になれるのです。

そのくらい私たちの社会的な健康は、

家族という小宇宙の中が基盤になっています。




心のストレス解消は大人だけのものと思っていませんか?

子供にも大人と同じように心があります。

子供時代は親から様々な要求に従うことを強要されます。

躾だから教育だからという親もいますが、

子供が自分の思う通りにいかないことで

怒りの感情をぶつけていることと教育の違いに

気づいていない大人が多いかもしれません。




目一杯遊んで発散する機会が少…

身体を忘れた現代の子どもたちのための”子供のヨーガ”

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この頃は子供やご夫婦の問題など
家族に関するご相談を受ける機会が多くなりました。
ヨーガ教室はヨーガレッスンだけではなくて、
生活にまつわる様々なお悩みと向き合う場所の役目も果たします。
それはヨーガが心と身体、生き方に関する知恵に支えられているからでしょう。

私自身には子供はおりませんが、
ヨーガを指導するということは子育てと似ている面があるなぁと思うことがあります。
母性と父性の両方を必要とするからです。



ヨーガは大人だけのものではありません。
なぜなら子供時代の容赦ない弱肉強食の世界を生き抜かなければならない現代の子供です。
子供の心と身体も抑圧された感情でいっぱいなのです。
大人にはストレスが溜まった時の様々な解消法(誤った)がありますが、
子供にはなかなかないでしょう。
親への八つ当たりぐらいでしょうか?



先日、13歳の息子さんの子育てにお悩み中の生徒さんに、
「今度よろしければお子さんを連れて一緒にヨーガに来て下さい」とお伝えしました。
当方には子供専用のクラスはありません。
ですから大人の中で一緒にヨーガをして頂きます。



ヨーガの時間の中には大人の都合や世間体、
建前が存在しない空間です。
大人の顔色を伺い空気を読む子供に、
ヨーガによって素直な自然体になった大人を見てもらいたいと思います。
子供は都合で物事を動かす大人の心に失望しているのです。
そうした都合でものを話す大人ではない、
純粋な大人の一面に接することにより
自らの子供らしさと純粋さを開花し、
生命の尊さに子供ながらに気づいてくるようになります。
そうした態度を言葉で理想論のように大人が語っても子供は聞きません。
大人が本気でその態度になっていれば子供は気づくでしょう。
子供には本来その力があるからです。



ゲーム三昧の現代の子供には自分の身体を感じるという訓練が必要です。
将来大人になって自分の気持ちをきちんと言葉で表せるようになるためです。
大人になっても「あんな感じこんな感じ」という表現しかできない人は大勢います。
自分のことをきちんと言葉で説明できないと、
本当に支えてくれる他者に出会う機会を逃します。
私にもし子供がいたら何より大事に教えたいことです。
自分のことを感じて適切な言葉で表現する能力を。
それが基礎力となって大人に必要な能力が開花されるからです。
それは適切な感情表…

ヨーガをもっと自分に活かす方法

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身体だけではなく心も含めた健康上の諸問題

メンタルヘルスの様々な問題について、

予防や回復のための取り組みをどのように出来るのか。

ヨーガが身近にあると、

病気になったら病院で治療を受けるのと同時に精神的な面も考えていくきっかけになります。

心と身体は一つであることを前提にしたヨーガは、

その人の呼吸と静けさを治る力としています。

今の自分を理解し、今何をなすべきか、どう生きるか等

こうした事柄から目をそらさずハッキリと考える時間になるのです。



日常ではこうした事柄はハッキリ考えるというより、

何かをしながら頭の中でボンヤリ考えていることが多いと思います。

しかしこれは堂々巡りで前に進めません。

ヨーガレッスンの空間はまるでお寺を訪ねた時のような時間になります。

日常に流されて考えられないような事柄だからこそ、

日常からわずかでも距離を置き

身体を整え呼吸を正して静けさの中で向き合うのです。

ですから、

「自分を大事にすること、考えてあげることそんなことを頭で考えて気持ちをいくら整理しても難しくて」

こうしたお悩みに対しても解決策となり得るのです。




ヨーガは一般社会で生活する人々が特定の教義や教えに属することなく、

精神的な健康や心の平和といった側面を向上させるきっかけになります。
ストレスの一番の緩和剤となるのは正座で行う合掌です。

自分の身体を大切にしようと思えるようになります。

正座や合掌や瞑想は霊的な修行を目的としたものより、

現代人の心のケアに及ぼすためのものです。

なぜなら急速に高齢化していく今、

健康問題は誰にとっても無視できないことは事実です。

そして最も私たちを生きづらくさせているのは、

激しい競争意識からの心の疲労です。

競争意識は男性社会特有のものでした。

しかし今は女性もレースの一員です。

もともと女性の精神性は競争するようには生まれついていません。

自己顕示が強く承認欲求が増して

他人の目を気にして内心ドキドキしていると、

動物の弱肉強食の世界と同じです。

ですから神経はすり減り心身ともに辛くなってしまうのです。

このような心を荒廃させる原因に気づいて

ご自身のメンタルヘルスを意識している人はまだまだ少数です。

日常の中でメンタルヘルスの実践となるとハードルが高くなり、

一人ではなかなかむずかしいでしょう。

そうした中で正しい知識を吸収し…

恐山に癒されて

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9月7日から2泊3日で開催した恐山ヨーガリトリート。

その余韻が今なお心に静かに残っています。

青森から戻ってきた日常の景色はこれまでと変わりません。

けれどそれを見る心の目が変わっているのでしょう。



東京に戻ってからご参加者の方からメールを頂きました。

「心に残る旅になりました」と。

本当ですね。

ご案内させていただいた私も同じ想いです。

なぜ恐山がこんなにも私たちの頑なな心を溶かしてくれたのでしょう。




行ってみてわかりました。

恐山は「人の想い」でできている空間なんですね。

幼くしてこの世を去った我が子への想い。

両親への想い。

故人に果たせなかった想いが募ってきた場所なのです。



ここ(恐山)では涙を流していても誰もおかしな顔で見ません。

ここはそうして良い場所。

ここまで素の自分でいられる場所がかつてあっただろうかと思うほどに。

亡くなった人を思い、亡くなった人に会うために、

人々は山を越え最北の地までやってくるのです。



現代人の私たちは「魂」というと自分の中から一歩引く態度が現れませんか?

それを率先して学んでいるとなると「オカシナ人」と言われる雰囲気さえあります。

それなのにここでは魂は存在しているのです。

魂を信じていても誰も笑いません。

日常ではそれを信じている人は笑われたりします。




ヨーガは「魂」を自覚できる心の知性を開いていく道です。

道の途中では様々な疑いや不安が素直な理解を妨げてきます。

目の前の教えをどう受け取っているかは、

ヨーガや魂が怪しいものなのではなく

それをどう捉えているかこちら側の心の問題なのです。

それは恐山も同じです。

本当の姿を知らないうちは「イタコ」から抱くイメージが恐山そのものになって

心霊のような怖い場所になってしまう。

先入観が先立ってそれ以上の姿が入らなくなります。

何でもそうですがリアルに知りたければ、

私たちは頭の声を静めなければなりません。

頭の声が目の前のことをリアルに捉えることを妨げていると思いませんか?




以下、恐山院代南直哉氏のインタビュー記事を抜粋させて頂きます。

リアルな経験というのは、否応なく人間の考え方や行動パターンを変えます。

例えば、恐山には90歳を過ぎたおばあさんが、遠く四国からはるばる自分の水子供養のために車いすでやって来ます。

それこそ命がけ。なぜそこまでして来るのか。死者が実在するから…