意義ある人生を生きた人
昨日、義妹と姪っ子ちゃんたちと一緒に食事に出かけました。
そこで、私は今さらながらあることを知ります。
全身フリーズしました。
有料道路に続く一本道の途中に、昔からあるちょっと目立つ建物があります。
高台に建てられ高級感をかもし出しています。
私はそこを通過するたび、なぜかいつも横目で見てしまうのです。
中に入って見てみたいなぁという気持ちにかられながら。
その気持ちの理由が昨日わかりました。
その建物とは界隈では有名な昔からある高級焼肉店です。
そして、その建物は父が建てたものであることが義妹との会話でわかりました。
「あの建物はオヤジが建てたんだ、唯一の誇りだってダンナさん(私の弟)言ってるんですよ」って。
家族のなかで私だけ知らなかったのです。
そのことよりも、私がなぜあの建物に惹かれていたかの理由がわかったことに驚愕でした。
設計図を描き建築する父の手がけた建物だったからです。
父は、この家も残してくれました。
この家は私が中学1年生のときに建築されました。
まるで将来ここでヨーガ教室が開催されることを父はわかっていたかのように、教室として使っている地下の照明はヨガスタジオ仕様で音を吸収するコルクの床、さらに防音室に造られています。
だから、瞑想に適した癒しの空間になっているのです。
雑居ビルの乾いた無機質な波動と違い、トロンとまろやかな波動が部屋中にくりひろげられています。
その波動の高さに初めて訪れた人は、力が抜けて眠気をもよおしてしまうほどです。
精神的に元気がなかったり、不調を抱えていても、ここで呼吸を整え心を清め、合掌して瞑想するだけで、浄化と癒しの効果が得られます。
ヨーガ教室の真上がちょうど神棚になっている影響もあります。
畠山家で代々継がれている治癒とお金の神様、龍神様が鎮座しているからです。
なので、ここは神宮だ、なんて私は勝手に思っているのです、畠山神宮😉
神の智恵もあるし、イヤシロチだし、龍神もいますよ。
私はそれらを統御する巫女なのかも。
今、父が生きていたら地下のヨーガ教室に訪れるたくさんの人から感謝の言葉を述べてもらえていたことでしょう。
喜ぶ父の顔が目に浮かびますが、誰にも感謝の言葉をかけてもらうこともなく亡くなりました。
私はこれこそが霊的人間の生きざまだと思います。
最近のブログに登場している映画「ザ・シフト」は、野心の人生から意義ある人生へと生き方をシフトさせていく人に向けた精神的な映画です。
野心をエネルギーにして生きる人生は、承認欲求、自己顕示欲、出世欲といったモチベーションに駆られて活動していきます。
それは悪いことではありません。
個人の力を確立するために必要な訓練の過程なのです。
しかし、「ザ・シフト」でいうところの野心から人生の意義を求めて生きる段階「人生の午後」に入ったら、苦労して確立した個人的な力は精神的な力にシフトしなければなりません。
そして、我欲で仕事をするのではなく、全体的な視野で、さらに成長すれば大いなるものに自分の意志を明け渡す生き方にシフトしなければなりません。
この人生の午後を生きながら仕事をした名もない賢者たちがこの世にはたくさんいます。
ヨーガの世界にも、私たちが知っている以上にこの世に貢献した聖者が星の数ほどいます。
ところが悲しいかな人間は、著名人や成功者しか認めようとしない傾向がありますよね。
父の建てた建物が「老舗の高級焼肉店」として知られ、そこで人々が笑顔で食卓を囲んでいるんだなぁと想像すると、心の中で父を誇りに思います。
何が誇りかって、父が何も自慢せずに逝ってしまったことです。
そんなあなたの生きざまを見習おう。
ヨーガという神の啓示を後世に残す仕事をになう大勢の魂の中の一人として、この使命に尽くしていこうと思いました。
良い連休になりました。