40年前の声がよみがえる「ヨーガは愛である」

1981年1月1日。

約40年前に発行された「ヨーガは愛である」桑原征治著

わらばん紙のような紙質に、レオタードを着た女性がポーズをとっている写真に時代を感じます。

ドルショック、事業の傾き、ノイローゼと身を滅ぼしながらヨーガに出会う著者。



いつの時代の荒波も、ヨーガを抱えて乗り越えてきた人々がいたことがわかり、今この事態におかれてやっとわかった次第です。

こんなにも熱く胸に響くとは恩知らずな私だったと反省させられます。

今この状況をどのように乗り越えたらいいか、知識人の方々の見解がネットから流れていると思います。

すでにそこを通過してこられた先人の声が、今の私たちの指針になるように思います。

「あとがき」から先人の声を今に呼び起こしてみました。よろしければ、ご覧ください。







私はこの最後の章を借りて、
なぜヨーガが人間それ自身であり、愛そのものであるのかを書きたいと思う。




エネルギー危機が叫ばれている。電気洗濯機、エレベーター、イルミネーションと、電気漬けになってしまった大国は石油産油国に首根を押さえられ、内政にまで干渉される時代である。


生活に必要なものと不必要なものの区別さえもつかなくなった文明病の病巣は、はてしなく世界の国をむしばみつつある。


アメリカやヨーロッパの国々が、日本や中国など東洋の価値観を見直し始めてから久しい。儒学、仏教、武道など、日本の伝統に対し、欧米人はこぞって食指を動かし始めた。



だた、彼らが東洋の伝統に目を向け始めたのは、それなりに余裕をもっている証拠でもあった。西洋の文明の保護に身を委ねながら、より精神的な価値を求めていたのだ。


ヨーガもその一つなのか?「否」である。


アメリカの病める社会がヨーガを求めたとき、アメリカ人にはそのような余裕などは毛ほどもなかった。パリで、ローマで、ロンドンで、チューリッヒで、私が見た西欧文明人は、喘ぎ、苦しみ、息も絶え絶えになってヨーガに救いを求めてきたのだ。


大都会のストレス、複雑な社会機構と人間関係、美食に傾く食生活、価値観の混乱、お互いの人間不信ー。


あらゆる圧迫に押しつぶされ、悲鳴をあげながら、彼らは身体ひとつでインドの門を叩いた。そしてインドは、大らかに門を開いて待っていたのだった。











機械文明は、たしかに人間にいろいろな "楽" をもたらしてくれた。今日、われわれは、自動車の力を借りて遠く離れた友人の家を訪ねられるし、高い所にも数秒間でエレベーターが運んでくれる。町全体をすっぽりと包む暖房装置もある。


しかし、これらの "便利さ" とひきかえに、われわれは大切なものを失ってきた。それも、私たち人間が生きていく上で欠かせないものを、便利さと交換してしまったのだ。


森の木は切り倒されてゴルフ場になった。河はコンクリートで固められた地下下水道に、山は切り刻まれて道路に、青空のかわりに高層ビルの影が、一日じゅう家々の窓を覆ってしまった。

鳥たちはさえずることもなく、海岸は埋め立てられ、地形までも人工的に修正されてしまってる。そして、ついに海岸までも資源の採掘と海底都市部建設のために手を加えられようとしている。

人類が地球上に出現していらい、数万年ものあいだ、親として、友として付き合ってきたその自然を、人間は敵にまわしはじめたのだった。これは完全に自殺行為だ。

こうした人間の越権行為を、自然が許すはずがない。そして、その結果を予感する人びとは、もっともプリミティブな生き方を求めて、ヨーガに吸い寄せられてゆく。








ごく自然なヒトの姿に戻ること。神が創ったヒトの身体に戻ることなのだ。




カルマを除くということ、あらゆることで偏りを矯正する必要が出てくるのは、本来ゆがんでいないはずのものがゆがんでいるから矯正するわけで、自然体と自然心をもち、大地に融和できるものは、それだけで立派なヨーギであると私は思う。


ヨーガこそ愛である。それは混乱の二十世紀から、光りと希望の二十一世紀に人類が進めるかどうかに、重要なヒントを与えてくれるに違いない。





この書「ヨーガは愛である」を、皆さまの前に贈るというこのささやかな行為が、世界の愛の流れに、そして大洋へと向かう一筋の水流になることを願っている。


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