それでも人は愛へ向かっていく

ほんの2〜3時間前までは猫たちも驚いて窓の外に釘づけになったほど大雨でした。

それが今は何事もなかったような青空になりました。

鳥の澄んだ声が聞こえます。

全世界がウィルスの猛威にさらされている現実があることを忘れてしまうほどの空です。










アマゾンのプライムビデオを開いたら、見たいと思っていた「プラネット・ヨガ」が視聴可能になっていました。

さっそく再生してみると、10年前のヨーガの世界観が流れてきました。


インド一色のヨーガに西洋人の解釈が介入したことで、万人が手に取りやすい形になりました。

神一色の世界だった絵画に人間の感情や願望が描かれたのです。



欧米社会の個人主義や物質主義に、委ねる精神を背景にもつヨーガは新鮮だったのだと思います。

ヨーガによって神聖な世界が日常になったのです。

そして、人々は自分の身体を通して自分をいたわることに目覚めていきました。

ここがスタート地点です。

自分から他者へ、他者から社会へ、こうして川の流れに揺れる百草のように人の意識は大河へとつながっていくのです。

その途中でヨーガの本当の意味を知ります。

そこにはもう「健康のため」「〜のため」という自分の理由は介入しません。

そうしてはじめてヨーガをヨーガとして活用することができ、私という人間を変化させていくのです。












10年前のヨーガの世界観を見ながら、コロナ禍を一つの節目にして、新しい世界を創造していかなければならないことを思っていました。

自粛生活を機に、断捨離をしている方が多いと思います。

「これ、まだ使うかな・・・」となってしまうと先へ進めませんね。

自分が変わっていく道も同じです。




コロナ禍の勢力が今日のようになる以前に、今頃は公開されていたはずの新規ホームページの構成を全て白紙にしました。

全てまっさらのページになってしまったのです。

数ヶ月かけて作成したものを消すことに少々のためらいはありました。

しかし、コロナが収束しても、前と同じことは繰り返されないだろうという私見から白紙にしたのです。

次元が変わると前のパズルは合いません。

新しい内容を提出する期日ギリギリまで瞑想して待ちました。

「これだ!」と思う新しい世界が意識の中に見えるまで。

長い瞑想でした、




失うということは人間にとって耐えがたい事です。

その経験が人を強くするという価値観も認めています。

失ったところから新たな創造を成し遂げることができた時、まだ持っていたその頃の自分を超えていけるのです。

コロナ禍で多くの人が「失う」という体験下におかれています。

どうか、ふてくされないで、憎まないで、乗り越えてほしいと願っています。

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