失敗を糧にする生き方「瞑想」

アメリカのある小学校では、お仕置きの代わりに瞑想を行わせるという。  なんとも興味深い記事を発見しました。


「罰を与える代わりに瞑想を行わせたら問題行動が減少!」




私たち大人にも十分に当てはまることが綴られています。

 「子どものしつけに必要なのは懲罰ではないと考えており、  瞑想し気持ちを冷静にして問題行動の根本に  心配事やストレスなどを軽減してもらうことが大切としています」。 



人生は上手くいかないなと感じることが多いもの。 

そうした事に直面すると大人の私たちは、「自己否定」というお仕置きをしてしまいますね。

 厄介なことにこのお仕置きに終わりはありません。 

すればするほど気力を奪われてしまいます。

この意気消沈した精神状態が蔓延すると、物事を悪い方へ考えるようになります。

 事態は悪化の傾向へ向かわざるをえません。


こうしたジレンマに気づかずに、「なぜこうなったか」と

他人や環境の所為にしては結局そんな自分をまた責める。


その代わりに、自分を責める代わりに瞑想を。

記事の中にある「罰をなくして瞑想をさせる取組み」。

これと同じことです。


一見すると自分を責めることは、目標意識が高い人のように見えますが、実は逆効果です。

クヨクヨした心を育てることになります。


起きてしまったことに対して、瞑想という精神的環境の中で 反応せずに観察する。

こちらの方が自己否定するよりも自分自身を強くします。

なぜなら瞑想という精神状態は、失敗した自分さえも観ることのできる、より深い精神性が際立ちます。


ということは、

瞑想すればするほど自分がしっかりしてくる、ということがわかりませんか?


アメリカの子供たちも瞑想という精神的環境で、  落ち着いて自分を省みることができたからこそ行動を自分で改めることができたのです。



誰もが皆、この自己改革ができるようになっています。

なぜなら 人間の心には、知性という仏の心が内蔵されているからです。

その心から自分を省みるからこそ自己を革新することができるのです。


その心を発現するシステムが「瞑想」です。

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