「人を癒す仕事」やりたくなったら、辞めたくなったら読んで下さい









私は、人の心と身体の健康に関する仕事を二十歳から始めてきました。

20代は、エアロビクスのインストラクターという肩書で。

そこで私は、健常者と障害を抱えた方の双方に「健康」指導をしてきました。

スポーツクラブやエアロビクススタジオ(現在はヨガスタジオですね)というと、

健康な方が健康になるために集まる場所と想像すると思います。

しかし、半身が麻痺した方や手足が麻痺した方

そうした方々にも運動を指導してきました。

私は、様々なお客様と接して、スポーツクラブの現場を見てきて気づきました。

病気を治す。

あるいは健康になるには「体を健康にする」


ただそれだけでは無理なんだと心底気づきました。




健常者に該当する人の精神が病んでいる。

障害者に該当する障害手帳を持っている人の精神が豊かであることを

実際に見てきました。

痩せたいと運動しに来る施設に過食症や拒食症など摂食障害を抱えた方が多くいること。

大人が集う場所なのにイジメがあること。

縄張りのように場所を陣取る。

ロッカールームのマナーの悪さ、盗難、クレーマーetc



20代の私にそうした大人たちは怖い存在でした。

人には裏表があることを見るには経験が乏しくただ愕然としました。

そして、20代の最後の年に私はエアロビクスの仕事をやめました。

やめる理由はこれ一つもありませんでした。

仕事は順調でした。

理由は、

人が幸せになるのは体だけが健康になることじゃない!と魂レベルで気づいたからです。



そうして私は心の世界を求め

心理カウンセラーになるため1年学校に通い、

ヨガインストラクターになりました。

ところが、

ここでもお客様を通して気づかされたことがありました。

ヨガという場所ですから、皆さんどこかで心のことを気にしています。

問題はここにもありました。

心、癒しと頭ではわかっていても、体に意識が向いていない人が多い。

そして、人を癒す側が、ヨガインストラクター自体がまず癒しが必要。

ヨガのことをわかっていないインストラクターが多すぎる。

ヨガの中身を知らないで、何を教えているんだろう?!



人生に悩みがあるのは当然です。

でも、人を導く立場にいる人間が、

どうしてこんなに自分の心にも身体にも無頓着で不健康。

いつまでも小さな悩みにつっかかっているのだろう?!

まず、自分たちが目覚めることが人を癒すことにつながるんじゃない?!

30代のヨガインストラクター時代の私は、こんな葛藤をずっと抱えていました。

何かが違う、何かが違うといつも思っていました。

そのうち上層部の方に呼ばれ「あなたのヨガは宗教みたいだから、もっと激しくパワーヨガをやってくれ」と言われました。

「本当のヨーガを知りたい人はほんのわずかしかいない」。

それでは、集客にならないからもっと人が入る(レッスンに)ように、

エクササイズをしてくれるようにと指示を出されました。


現場にいない人にあなたの施設のお客様の気持ちがわかるわけがない。

彼女たち(ヨーガクラスに出て下さる方々)は本当のヨーガに興味を持ち始めているのです。

なぜなら、人生を理解する智慧がないから。

答えを求めて来ているのですよ。



未知のものを知る時人は、不安や怖れなど疑いの心がわくもの。

だから本当のヨーガを知りたいのにいざとなると尻込みする。

なかなかヨーガを始められない、続かない。

そうした心は真理への入り口であることを知り、

疑心を謙虚な心に導いていくのが真のヨーガ指導者だと思います。

なぜなら謙虚な心が智慧の扉の鍵だからです。



本当のヨーガを知りたい人はほんのわずかどろこか、大勢います。

だから皆んな人間にまた生まれ変わったのでしょう?

そのことを忘れてまた同じ人生、同じことの繰り返し、同じ悩みで悩んでいる。



上層部自体が、利益、集客という集団無意識の怖れにとらわれている癒し産業です。

ですからお客様が真の健康を得ることはないのです。



人間の不健康、病気の源は、プライドです。

人間という繊細な存在には、適さない心なのです。

チワワのような華奢な小型犬に、土佐犬のような凶暴性を持たせるようなものです。

チワワがどうなるか、想像できますでしょう?人間も同じです。

プライドがあるから苦しくなる。

だから、今まだ生きているのです。

悩みがつきまとうのです。

生きてこの心をはずしていくのが人間の道、人生なのです。



だから、人を癒す仕事、人を癒す職業の資格、セラピスト、ヨーガの肩書きで自分のプライドを立ててはならないのです。


私は、39歳の時、ヨガ業界をやめました。

ヨガインストラクターの肩書きなんて自分にいらないと思いました。

きらびやかなヨガスタジオもいらない。

小さな教室を一人で始めました。





人が人を導き幸せに健康にできるのは、プライドを外せた人間ができることだと気づいたのです。


私の母は、悪性リンパ腫で余命を宣告されました。

その母を復活させたのは、どんなセラピーでもヒーリングでも病院の治療でもない。

母の中に宿る仏の心です。

大病と引き換えに、母の中の仏の心がひらかれ、その力が母を活かしたのです。

実の母の復活までのドラマを、娘の私が間近で見てきて気づいたことです。



人間は健康になったら幸せになるの?

病気が治ったらもう幸せになれるの?

悩みが解決したら本当に幸せになるの?

本当の本当の幸せって何なの?



私は、人間の小さな価値観からこの答えを出すには飽き足らなかった。

人間の悩みは人間を超えた存在から教えてもらわないとわからない!そう思っていました。




13歳の頃のことです。

中学校から帰宅して、なぜか私は制服のままテレビをつけました。

そうしたら、画面いっぱいにこの言葉が出てきました。

「Who am I?」



私は、この言葉にすごく衝撃を受けました。

それは、NHK番組の「みんなの歌」でした。

夕方5時テレビの前に走って帰ってきてその歌を聴いていました。

英語の歌でした。

その歌が終わってしまった時はとても残念でした。

私はその歌の答えを探そうとしていたのだと思います。

私はこの答えを見つけるために生まれ、この答えを見つけるために悩み、気づき、人間だけが持つ自らの心の闇に葛藤し、それを超えて、超えて、そして答えを見つけた今、


私は「人を癒す」という真の意味を知りました。





盲人は盲人を導けない。


「人を癒したい、幸せにしたい」そう思わなくても大丈夫。

人は本来みんな幸せです。

幸せという真意を学ばず表面的に理解していると、

「人を癒したい」「人を幸せにしたい」と幻想を抱きます。

本当は自分自身を癒すことだったんだと気づくまで。

その幻想を抱き続けることになります。

私自身がそうだったのです。


ヒーリングのテクニックにしがみついているのはセラピストのプライドです。

それを外せてこそ真のセラピストなのです。

セラピスト、ヒーラー、ヨガインストラクター、色々なセラピストの肩書きはあります。

そうした肩書きに魂を売ってはならないでしょう?

自分の本当の力にこそ真のプライド、自尊心を持っていけるように自分の魂に修行させていますか?

それを持てるように自分を切磋琢磨することが、本当のセラピストの道なんだと私は気づきました。






そんな私にインドのヨガビザという滞在ビザが1年間おりました。

インド大使館もビックリの異例だそうです。

インドで暮らした私は何も肩書きのないただの女性になりました。

「私はヨガティーチャーです」とか、「なんとかヒーラーです」と言うこともなく。

「ヨーガを学びたくてインドに暮らしています」という一人の日本女性。

あるのは肉体と心と、言葉だけ。

そして両手の指に余るくらいの数枚の1万円札。

それが私の存在価値を証明する物質の道具。

私は資格や名刺、お金じゃない。



資格は売り物。肉体レベルの満足。

肉体次元の満足は、自分はおろか相手の心や霊性に響くものではない。

だから、本物のセラピスト、ヨガインストラクターが育っていかないのだと思います。

インドでは、資格も持たない、有名人でもない、名前もついてないヒーリングの力を持った人と出会う機会がありました。

彼らの学びは、どこかの学校へ行くことでも、セミナーを受けることでも、テクニックを学ぶことでも、お金と引き換えにエネルギーを伝授されることでもありませんでした。

ただただ自分という人間を神に近づけるように生きているのです。

資格社会の私たちとは生きる姿勢が違ったのでした。

私は彼らと時間をともにすることで人を癒したい幸せにしたいという気持ちからスタートした自分に、

「生き方」というものを学ばせ実践させました。

それを、私の目に見えないヨーガ指導者の「資格」にしようと思いました。




今、日本は癒し産業が盛んです。

そうした中で、学校へ行って知識を学べば、資格を取れば人を癒せるようになると考えている人たちが沢山いると思います。

そして、学校へ行っても資格を取っても、自分に自信が持てなくて、

人を癒すはずが自分がウツになってしまっている人も大勢いると思います。


人間を真から幸せに、健康にする方法は、自分が何者かをとことん知ろうとすることです。

これは苦しい作業です。

しかし、

相手がやらないそこに努力することが、人を幸せにしたいと願う力を養うことにつながります。

だから、まずは自分なのです。

自分の闇を知らずしてどうやって他人の闇を癒やすのだろう?

癒やすということは闇を引き出してくることなのに。

闇に太刀打ちできる身体もトレーニングしていないうちに人の闇に接してはならない。





劇的に瞬間で良くなる方法なんて、本当は要らないのかもしれません。

そして、そんなものは人間の勝手が生み出した幻想であるかもしれません。

「劇的にあなたは変わります」という言葉は商法です。

この言葉を売る方も買う方もイタチゴッコです。

一瞬で変わる、一瞬で良くなれば、人間に生まれてくる意味はなかったのですから。

このことを解っていれば、この言葉は困っている立場の人に伝えないはずです。



自分の心を人間として生まれてきた意味を考えられる心、理解できる心、真理を理解できる心に導くことです。

今、自分の無力を感じてセラピストを辞めたい

対人援助職が嫌だと考えている人、

ヨーガのポーズしか教えることができないヨガインストラクター、

自分に自信がなくて次は何を学ぼうか何の資格を取ろうかとまた新しい手法を探している人、


人生の意味を理解できるように心と身体を育てて智慧を学んで下さい。
人間の一生の意味を知らずして人の悩みに耳を傾け導くことはできません。
悩み、病気、損失という人間にとっての不幸といわれるすべてに意味があるからです。
その意味を相手から取ってはならないのです。




あなたの魂の知性と力を証明する資格はありません。

ですが、あなたが語る言葉、存在感、生き方が確実に変わることは確かです。


あなたがそばで話しを聴いてあげる心の態度こそが、相手の心に変化の波を起こします。

物事の道理を解っている人が話を聴いてあげるから、目の前の人が変わっていくのです。




ふと開いたバガヴァッド・ギーターの解説本に書いてあったことです。

現在、世の中にはいわゆるヨーギーやヨーガ団体が数多く存在するが、それらは自己の悟りに関しては全く盲目的である。そのような者たちはただある種の体操をしてその結果美容と健康が得られれば満足し、それ以外の知識は持っていない。

そのような人々は「ヤタントーピャクリーターマーナハ」と呼ばれていて、いわゆるヨーガ・システムを修業したとしても自己を悟ることができず、魂の転生を理解することが不可能である。物事がどのようにして起こっているかを理解できるのは、真のヨーガを修業して自己を悟り、至上主を理解した人たち―



私は、

癒す現場なのに利益追求が飛び交い、スタッフは忙しくてギスギスしていて業務的。

自分に自信がなく切羽詰まった状態でいるセラピストやヨガインストラクターの人たちとたくさん出会ってきました。

これだけのセラピスト、ヨガインストラクラーの数がいるのです。

彼女たちが元気になれば、健康を必要としている人はもっと元気になる。

彼女たちが本当のヨーガをして自己をさとれば、目の前の人はもっと生きることに本気になれる。



癒しの本当の意味を知ろうとして下さい。

その意志を持つことから、天界から派遣されたセラピストの道が始まるのです。

人を癒したい、幸せにしたいと思った純粋な原点に戻れば、どんな至難の道でもかって出られはずです。


もう、当てのない世界をさ迷い続けるのは終わりにしませんか?

そこをどんなに探しても見つからないのです。

あなたのもとを訪ねて来られる方は肉体をまとった魂なのです。

魂の観点から人間を学ぼうとして下さい。

魂の世界を学んで下さい。

真のセラピストになるために。





天からの使いのような真のセラピストに目覚める方が増えていきますように。


魂に感動を、心に叡智を
マザーアース
Juna
2015/11/16 12:31





3月25日(日)10時〜11時半「タロットで学ぶ死生観、魂の成長の道」

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