魂に近づく旅・恐山リトリート2018

毎年恒例の聖地を訪ねるヨーガリトリート。

今年はみちのくのさいはて青森県下北半島にある聖地「恐山」へ。

高野山、比叡山とあわせ日本三大霊山に数えられる霊場です。


本来「恐山」という山は存在せず、

”恐れ多い”という意味で恐れ多い山「恐山」と呼ばれているのだそうです。



恐山はイタコなどオカルト的なイメージで紹介されますが、

実際は全くそういった世界ではありませんでした。

生きている人がこの世を去った魂に寄り添うことのできる優しい場所でした。

死んだ人を敬いその人のために祈り、

そして自分の人生を振り返らせてくれる場所だったのです。



恐山は天台宗の開祖・最澄の弟子である円仁(慈覚大師)が

夢のお告げを受けて今の恐山となる聖地を探し出し、

西暦862年に菩提寺を建てて、

地蔵菩薩を彫り本尊として安置したと言われています。






ガイドさんのご案内のもと恐山めぐりをしました。

死んだ人の成仏を願うのが恐山のお参りです。

下北生まれのガイドさん曰く、

「下北の人は死者の魂は「お山(恐山)に行く」と言い伝えられているんですよ」。


昔の恐山は硫黄臭が立ち込め地獄のような風景だったそうですが、

今はそのような雰囲気から変わってしまったそうです。









境内のところどころに積み石があります。

親より先に亡くなった子供の魂は親不孝の罪を受け、

積み石で塔を完成させると親への供養になり自分も救われるのだそうです。

「死んだ子どもが両親の供養のために石を積んで塔を作るも鬼に壊される。

そして地蔵菩薩に救われてまた石を積む」

静かな雨の中で耳を傾けるガイドさんの優しい語りに涙をそそられます。




カラカラと回る風車にも意味があります。

子供の魂を慰めるために置かれているものなのだそうです。










ガイドさんの後を追って言葉なく歩いて行きます。

ガイドさんはもしかしたらあの世の案内人なのかもしれません。

草履や手ぬぐいなどがぶら下がっている場所もありました。

あの世から現世に降りてきた魂があの世に戻る際、

無事帰れますようにという祈りを込めて置かれてあるのだそうです。








ガイドさんのおかげで端から見るだけでは知らなかった恐山を知るに連れ、

私はあることを考えるようになりました。

恐山は死者はもとより、

今を生きている私たちの心をも成仏させる場所なのだなぁと。

生きて心に染み付いた執着や怒り恐れなどの負の想いを、

生きて成仏させるための場所でもあるように見えてくるのです。

なぜなら、

悲しい過去があるのは死んだ人も生きている私たちも同じです。

そう思うと「死んだ人」と「生きている人」の違いがなくなり

「死んでも生きても苦しみ悩みは同じだね」と、

亡くなった方の魂に寄り添えるのではないでしょうか。

そして生きている私たちも悲しき過去を持つものどうし。

互いに優しくなれるのではないでしょうか、、、












人はみなそれぞれ悲しき過去持ちて賽の河原に小石積みたり





今回は私たちも全員が草履と手拭いで、

亡き家族のご供養をすることができました。

「お母さんに対する気持ち」

「過去の自分へ」

「兄弟へ」

「大好きだったお婆ちゃんへ」

行く前はきっと皆さんは、

自分の胸の内に秘めていた想いをこのような形で癒すことになるとは

想像もしていなかったと思います。

私たち一同この事態に接し、

巡り合わせを感じずにはいられませんでした。

そうするべくして訪れたのだと。

亡き人も見送った人も癒されることで、

「成仏する」がはじめて成就するのかもしれません。

なぜなら参拝後、

皆が何かが吹っ切れたように清々しくなったからです。

ただ何となく境内を歩くだけでは得られなかった心情に包まれました。

優しさと強さという力を概念からではなく、

自分を通して感じられたことから得られる心の状態です。







ガイドさんに真の恐山を魅せて頂くに連れ、

私たち一人一人の心が開かれ優しくなっていくのがわかりました。

冷たい雨の中を懸命にガイドして下さるお姿が

ストレスで硬くなった心を和らげてくれるのです。

「本当の恐山の姿を知ってもらえて嬉しい」

そう笑顔で仰るガイドさんの聖地に対する誠実さに感動しました。

自分の中の邪悪な何かが洗われていくようでした。

真心という人を変えていく何よりのパワーに与かりました。

ガイドして下さったWさんへ、

この場をかりて心より御礼申し上げます。

どうもありがとうございました。

Wさんのガイドはガイドを超えた智慧の学びでした。

私たちのヨーガの先生でした。

授けて頂いた今日の教えを忘れません。

胸に抱いてこれからを生きてまいります。










恐山には極楽浜と呼ばれる湖があります。

「宇曽利山湖」というカルデラ湖です。

極楽浄土を思わせる美しさから、

海ではないのに「極楽浜」と呼ばれています。

雨でも晴れた日はエメラルドグリーンの湖面になることが見てとれます。

ここは死んだ方と会話をするための場所なのだそうです。

ここに座って目を閉じていたくなるほど優しい優しい波動の場所でした。









多くの人に怖いイメージを持たれている恐山ですが、

行ってみると勝手に抱いていたイメージはガラッと変わります。

今回のリトリートで訪れた全員(世界の様々な場所を旅している人が集いました)が、

これまでのどんな聖地より癒されたと安堵の表情で語られていたことが印象的でした。












晴れた翌日に恐山を発つ時の皆さんをパチリ!

東京から青森に辿り着いた時より表情がうんと優しくなりました。

「人は皆それぞれ生きて様々なことを抱えている」ことを

本から知るのではなく、

他のご参拝者の佇まいから言葉なく気づける場所です。

そんな静かな気づきが人を優しくするのかもしれません。

ストレスが多い東京に帰ってからをどう生きるか。

その智慧と人の真心という2つの力をいただけました。





さて、

このようなリトリートやヨーガというと、

それに精通した人やスピリチュアルに興味がある人がやるもの。

そう思っていらっしゃる方も多いと思います。

しかしご参加者の方々は一般社会人の皆様です。

日頃は教室でヨーガを実践されていらっしゃる皆様ですが、

今回は教室を出て新幹線に乗りレンタカーをして遠路はるばる恐山へ。

講座を通して学んできた魂の道を身体を使って学びに行きました。

ご参加者はIT企業の部長さんや

大使館にお勤めで出張が続く中スケジュールを調整してご参加された方も。

経営者の方や介護に日々忙しく従事する方、

日本語教師の方など。

スピリチュアルどころか日頃は社会と、

人間関係に密接に関わっていらっしゃる方々です。

だからこそなのだと思います。

いくら仕事をして成功してお金を稼ぐことができても、

それだけでは何かが足りないと。

忙しい経済社会の中で生きれば生きるほど感じてくるようになるのかもしれません。

物質的な社会を生きる人間だからこそ必要なのです。

精神的な自分を構築して両方のバランスをとることを大切にして下さい。

「スピリチュアル?魂?何でそんなことやってるの?」と他人に笑われても、

あなたが必要だと思ったら恥ずかしがらず正々堂々と学んで下さい。

そのために正しい智慧に出会って下さい。




恐山入山前に皆でランチした大湊海自カレー




今の自分を見つめ直す意味でも、

あなたも一度リトリートに参加してみませんか?

このリトリートは観光旅行とは異なり心の洗濯の旅です。

日常のわずらわしさから距離を置くため観光に行っても、

友達どうしだと日常の会話をしながらの旅行になってしまい

場所が変わっただけで何ら気持ちは変わっていない。

そんなことがありませんか?

このリトリートは当方が聖地ファシリテーターとして同行しています。

ですので、

はじめから終わりまでご自身の内側に意識を向けた状態で旅をすることができます。

ご参加者どうしもお互いの心の状態に配慮しているので、

世間話しを無理にして疲れるということもありません。

静かに過ごすことができます。

自分を見つめ直す旅にすることができます。




なぜそのような体験が必要なのでしょうか?

私たちは日々時間に追われ、

知らず知らずのうちに様々なしがらみに巻き込まれています。

それが苦しみの原因とも知らずに見当はずれの解決を見出しては、

一向に変わらず悩み続けていませんか?

結果執着のループ、利益追求のループ、

金銭のループ、愛着のループ、、、

このような負のスパイラルに簡単に巻き込まれてしまう現生の私達に、

聖なる山・恐山は「その生き方を続けていてもいいですか?」と

心の中に問いかけてくるようでした。


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