忘れられないオレンジマーマレード
それは、世界にたったひとつのオレンジマーマレード。
30歳の時、フランスに暮らしに行きました。
「何のため?」
当時、まわりの友達に散々言われました。
私の理由が、突拍子もないから(他人には)。
私の20代が終わっていく時、この先の自分をフランス女性のように育てたいと思いました。
いつかは私も中高年と言われる女性になる。
そこで輝ける自分になりたかった。
若さは本当の輝きじゃないもの。
カラダは機械と同じで、歳を重ねると錆びていく。
これは、仕方ない。
でも、可憐な仕草ややわらかい物腰、思いやりの配慮というのは、育てていける!
そこに魅力を感じさせる女性になりたいと思った。
アクセサリーじゃなくて。
素の自分からにじみだすものが、輝きのもとになったらいいな。
「女性らしさ」は、自分を教育して磨き上げていけるもの。
いくつになっても。
フランスで、他にもやりたいことはあった。
・フランスパンを直に手に持って歩く。
・カフェの人々の息吹に溶け込む。
・マルシェにカゴを持って行く。
・フランス男性とジュテームする。(結婚も考えた)
・フランス人の中で日本女性を際立たせる。(あるもので勝負)
このためだけに私は、フランスへ行く前に、スーパーロングの黒髪ストレート、前髪パッツンをわざわざ作った。
資生堂のZENの香水をスーツケースに入れて。
雑誌でフランス女性を見て、部屋のベッドに頬杖ついてても、実際に肌で経験しないと私のものにはならない。
フランスのエスプリを、日本で暮らしたこの私に染色させるには、なりたい女性のイメージに近い女性を見て学ぶのが一番!
そう思って、ホームステイを希望しました。
さっそく、ホームステイ先の斡旋会社を探しました。
代官山にオフィスを構えた女性の方を見つけてお願いしました。
いわゆる業務的な斡旋会社より、それが生き方になっている方にお願いしたかったんです。
リクエストは、第一にお料理が上手な女性。
その他こまごまと、ホームステイ先をリクエストしました。
この「こまごまと」、大事よ。
よく、「こんなはずじゃなかった」って言うじゃない?
ううん、こんなはずなの。
こんなはずまでのオーダーしか出さないから。
自分が何を必要としているかは、他人はわからない。
だから、よーく説明して。
自分の持っているイメージをわかって頂くこちらの努力も必要。
言葉が足りないのが誤解のもとになる。
だから、私からお願いして念入りにカウンセリングを重ねていただきました。
女性社長と気があったおかげで、個人的にお食事も何度かお誘いいただいたラッキーなことも重なり、私の世界観をよく理解して頂くことができました。
そうして私が出会ったフランスマダム。
どんな女性だったかって?
若き日のカトリーヌ・ドヌーブさんが、53歳になった様な女性でした。
足首の細さとパンプスがセットになった様な脚。
私を迎えに来て下さった時の、トレンチコートのあの着こなし!
やられた〜。
完全ノックアウトでした。
彼女を目にしている毎日は、映画を見てるよう。
ちょっとした仕草や、ふとした表情から、30歳の私が学ぶことはありすぎました。
スカーフを、オードリー・ヘプバーンの様に小顔にシュッとしならせて。
赤い口紅が、サングラスを際立たせてた。
それがね、なんてエレガント。
それに、お料理の上手さったら、もう!
東京で経験したフランス料理が、プラスチックの様に思えた。
豪華絢爛から、街の小さなビストロにもかなわない。
料亭のお味噌汁より、ザ・お母さんのお味噌汁の方が味わい豊かでしょう?
私も、気取ってフランス料理なんていただいてきたけれど、
これを知らずして、Juna、フランス料理と言うなかれ!
そう自分に思ったほど、私にとってマダム・ミミはミューズだった。
あ、今日はマーマレードが主題でしたね。
私はマダム・ミミといつも一緒に朝食を取った。
寝癖で乱れた髪に、シルクのガウン。
タバコをくゆらせてね。
あ、マダム・ミミね。
無造作にテーブルに置かれた(ビニール袋に入ってません)フランスパンを適当に切って、タルティーヌにして食べるの。
カフェ・オ・レボウルに、人差し指を引っかけて。
「Juna、フランスパンは直にテーブルに置くのがフランスなんだよ」
何も知らず、お皿のはじっこにパンを乗せていた私。
マダムのハンサムな息子さんが、私のフランス教育係。
映画を見てるだけじゃわからない。
色々なフランス流を教えてもらった。
嬉しかった。
そうそう、マーマレード!
マダム・ミミの冷蔵庫の中にあるマーマレードは、タルティーヌの私の定番になりました。
口に入れると、太陽がチラつくようにオレンジの風味が広がる。
その中に、砂糖類の甘さがオレンジを邪魔しないように存在してる。
いや、入ってなかったかもしれない。
私はマダム・ミミに、このマーマレードの作り方を教えてくれるようせがんだの。
そうしたらね。
「無理よ、Juna」ですって。
(−_−#)
「それは、私のママンの庭でとれたオレンジから作ったものだから。
日本では作れないわ。
世界にひとつしかないのよ」
悪いわねとでも言うように、
マルボロの煙を細い唇からフゥ〜っと吐く。
私は、タバコの匂いは受けつけない。
けど、どうしてマダム・ミミのタバコは臭くないんだろう?
家の中も、タバコの匂いがひとつもしなかったから不思議。
あれから私は、マーマレードを見ると、記憶の中からマダム・ミミが出てくる。
その度に、あの味を期待して買ってみた。
値段が高いものを買っても、あの味には出会えなかった。
ホテルのマーマレードも、違う。
そして、買ったマーマレードは、期待ハズレのラベルを貼られ、冷蔵庫にたまっていく。
いつしか私も、マーマレード探しを忘れていった。
もう一度食べたい気持ちに残念賞より、あの味を体験できたことの方が、うんと嬉しいから。
また、新しい味に出会おう。