霊性を高めるヨーガの道しるべ





ヨーガへの関心は今だ高まっています。現代、ヨーガはヨーガレッスンとして賛美されるようになり、主に女性の間で親しまれています。


しかし、ヨーガレッスンを行う人々がみなヨーガを理解して行い、本来の目標に向かっているとはかぎりません。


人工的なヨーガが氾濫する今となっては、ヨーガ本来の意味は誤解され、人々の理解が統一されていないことを考えるなら、致し方ないでしょう。


次から次に編み出される現代版ヨーガが流行する今となっては、ヨーガ本来の理解を統一化させるには、長い年月を要することと思います。



ヨーガで肉体と精神のバランスをはかるためには、世俗的な情報を鵜呑みにしないように、自分自身でもヨーガを理解していくことが大切です。



ヨーガで肉体的健康ばかりでなく、哲学的・宗教的観点から人生の意味、魂の成長の道を学び、霊の世界を探究していくことが、バランスよく成長していくために望ましい方法です。



この点を見落としまま、肉体の視点のみからヨーガを続けた場合考えられるのは、身体を伸ばして気持ちいい、リラックスして癒されたまでの五官の感覚体験でとどまってしまうことです。



そうした感覚の体験が、ヨーガだと思い込んでしまう方は少なくありません。


また、ヨーガのレッスンで感じた気持ち良さを共有したいという思いに発展し、ヨーガインストラクターを目指す傾向にあります。



自分の浅はかな経験から想像で理解したヨーガでは、得られるものにも限りがあります。



ヨーガから得られるものは、人生の意義や霊的な生き方を学んで実践する機会を、聖職者だけではなく、一般生活者であっても得られることです。


精神的な面も含めて、全体的にヨーガを理解することでこそ、ヨーガから得られる恩恵を体験していくことができます。



人間の地上生活の意義は、魂の成長です。


外見や容姿といった肉体ばかりに意識を向けていると、霊性とのバランスを失います。


すると、とくに大きな悩みがあるわけではないのに、充実感がなく、不満を感じる様になります。


なぜ人生に苦悩があるのか、その意味の探究、宗教や哲学から人生の意味を学び、生き方に反映するように努力すると、物質的意識と霊的な精神のバランスがとれた状態になります。


人間は魂が本質であるため、物質的意識に偏りすぎると、本来の姿ではないためにバランスを崩してしまうのです。


バランスをとるはずのヨーガが、アーサナに固執してしまうために霊的成長が促されず、精神的に未熟なままで逆にバランスを崩す要因になっていることも否めません。


気持ちいい感じやリラックスを求めるばかりでは、心のバランスは却って崩します。


社会全般からみれば、日本はリラックスが必要な状態かもしれませんが、個人においては、全てが癒しで片付けられるとは限らないのです。


この辺りの洞察と見極めが必要になります。


不動の精神や凛々しさ、魂の神性を自分から引き出すように、静と動、物的と霊的、肉体と魂と両極の性質を考えてヨーガに取り組んでみましょう。


緩みすぎた弦では、ハリのある澄んだ音が出ない楽器になるのと同じように、気持ち良さの感覚ばかりを与えていては、却って人間は弱くなります。


時にはアーサナから離れ、瞑想の日にしてみませんか?


瞑想は、アメ玉がないと大人しくならない条件付きの心から、何がなくとも落ち着きのある洗練された心に変えていくことができます。


適切に訓練されて洗練した心は、霊的探求の道を照らす光となってくれることでしょう。





このブログの人気の投稿

オープンクラスのお知らせ

ヨガインストラクターに欠かせない指導技術

ヨーガ・スートラ受講者Sさんのご感想